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IDマガジン第23号 (2009/10/19発行)


[023-03] 【ブックレビュー】「フロー体験 喜びの現象学」 M.チクセントミハイ(今村浩明 訳) 世界思想社

何か関心のある事に夢中になっている時に、時間を忘れ、行為の対象そのものに惹かれて楽しさを感じ、その行為に没入していくと、フロー状態(最適経験)に至ると言われている。心理学者のチクセントミハイの「フロー理論」についての最初の著書から約25年を経て本書が執筆された。その間、本人は元より多くの研究者によって、教育分野を含む様々な分野での応用研究、実証研究、モデル化研究等が行われてきた。本書はその集大成的な側面をも合わせ持っている。「フロー理論」を、動機付け的側面、意欲の問題、仕事の効率化等の次元を超えて、「幸せに生きるための原理・処方箋・人生訓」として、本書の中ではまとめられようとしている。そのため、本書で述べられている内容を直接教育現場で実践したり、教育システムに組み込んだりすることは難しいと考えられるが、応用へのヒントに少しでもなりそうな記述についていくつか紹介したい。

単純な活動をフローを生む楽しいものに変える段階として、「(a)全体目標を設定し、現実的に実行可能な多くの下位目標を設定すること、(b)選んだ目標に関して進歩を測る方法を見つけること、(c)していることに対する注意の集中を維持し、その活動に含まれる様々な挑戦対象をさらに細かく区分すること、(d)利用し得る挑戦の機会との相互作用に必要な能力を発達させること、(e)その活動に退屈するようになったら、困難の度合いを高め続けること」が述べられ、目標設定と、能力と挑戦のバランスを保つことの重要性が述べられている。

フローは結果そのものより、プロセスやそのプロセスを通して得られる経験を重視している。著者は、「学校の価値はその名声、または生活の必要に立ち向かうよう生徒を訓練するその能力によってきまるのではなく、むしろ生涯学習の楽しさをどの程度伝えられるかによって決まる。」と述べている。

身体のフロー、思考のフロー、家族関係、孤独と人間関係、ストレスへの対応等、本書全体に渡り、自己統制、つまり、自分の意識を自分でコントロールする能力がフロー体験の獲得には不可欠であることが繰り返し述べられている。「外的条件が最も好ましいものであっても、人がフローに入ることを保証することはできない。」と述べているように、自助努力なしにはフローに到達することはできない。しかし、自己目的的なパーソナリティを有する人はフロー体験を得やすいことに関しても述べられており、このような資質を開発/支援できる環境が提供できれば、フロー体験が得やすくなることも考えられる。

尚、チクセントミハイのフロー体験の研究方法についてより詳細を知りたい方は、「フロー理論」についての最初の著作である“Beyond Boredom and Anxiety” (1975) (邦訳:「楽しみの社会学(改題新装版(旧題:楽しむということ))」(2000)、新思索社 を読まれることをお奨めする。

本書は様々な日常生活のシーンにおいて、目的意識や向上心を持つことで,生活をより楽しいものにできる可能性があることについていくつかの実例を挙げながら述べられている。全ての活動を理想状態で維持することは難しいが、少なくとも、自分が設定したゴールに向かって自分自身で進むことが重要である。翻って、教育シーンを考えると、現在の学校教育,生涯教育が,「学ぶことの楽しさ」を伝えられているのかについては疑問がある。教える側が、フロー体験を得やすい学習環境を提供するだけでなく、教えられる側も学習に対して真剣に取り組んで初めてフロー体験が得られる、ということは当たり前ではあるが、注意が必要である。

おわりに、私は、現在社会人学生として教授システム学専攻で学んでいるところであるが、学習者が「学ぶことの楽しさ」を実感し、自律的に学習を継続できることを支援するシステム・仕組み・環境について考えている時間が自分にとってのフロー体験となるよう努力しているところである。近い将来、是非具体的に提案したいと思う。

(熊本大学大学院教授システム学専攻博士後期課程1年/日本電信電話株式会社 加藤泰久)


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