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IDマガジン第28号 (2010/4/5発行)


[028-03]【ブックレビュー】「江戸の教育力」高橋 敏 (2007) ちくま新書

薩摩の生まれということもあり、私は幕末という時代が大好きだ。自室にも実家にも司馬遼太郎の『竜馬がゆく』を全巻揃え、大河ドラマ『龍馬伝』はもちろん毎週観ている。ある日の放送で、香川照之演じる岩崎弥太郎が「寺子屋をやることにした」と宣言し、近所の子どもたちを集め始めた。果たして寺子屋とは、そんなに気軽に始められるものだったのだろうか?集まった子どもたちの年齢はバラバラのようだが、一人の教師で教えられるのか?こんな疑問から、本書を手に取った。

著者によれば、江戸時代の日本には6万余りの村があり、各村に1~2の寺子屋があった。寺子屋の語源は、中世の寺院が俗家の子どもを預かって「寺子」と呼んで教育したことにあるという。徳川家康の天下統一によって長い戦乱の世が終わり平和が訪れると、町づくり・村づくり、家づくりが行われ、「わが子をいかに育て家を継がせるか」に関心が集まった。そして19世紀に入ると教育熱が一気に高まり、寺子屋が全国に誕生した。寺子屋は私立で、許認可も必要なく、読み書きに自信があれば身分に関係なく誰もが開業できた。武家身分が株で売買され、百姓・町人であっても金さえあれば御家人や旗本にさえ立身することが可能だったというこの時代、民間の教育活動は自由にのびのび行うことができたのである(すなわち、ドラマでの弥太郎の突然の寺子屋開設もあながち脚色されたものではないということか)。

寺子屋での教育が「読み書き算用(そろばん)」に集約されるものだったことはよく知られている。では具体的にはどのような学習活動が行われていたかというと、なんと一斉授業形式を取らず、個々の筆子(生徒)の実情に合わせて師匠がカリキュラムを決め、手本を与える、というシステムだったそうだ。今風に言うとまさに習熟度別学習、入口と出口を見定めてのインストラクショナルデザインが行われていたと言えるのではないだろうか。さらに驚くことに、寺子屋は日本列島を隈なく網羅する情報ネットワークを持っており、教科書は全国共通のものと地域の特性を反映したものとを併用していたという。7歳から14歳までの8年間で13冊のテキストを履修する者もいた。

下に教材の一部を紹介する。
・ 初級
「名頭(ながしら)」人名を読めて書けるためのテキスト
「村名(むらな)」「郡名(こおりな)」生活圏の地名を覚えるためのテキスト
・ 中級
「年中行事」一年の暦のうつりかわりを学ぶテキスト
「五人組条目」身近なお触れをまとめたテキスト
・上級
「諸証文手形鏡」日常生活に不可欠な証文類をまとめたテキスト
「商売往来」読み書きと商品経済の専門知識を同時に学べるテキスト
いずれも学習者の日常に根ざしており、ARCS動機づけモデルで言うところのRelevance(関連性)が高いものであったことが伺える。

寺子屋では、しつけや礼儀を何より重んじ、それらを身につけた者だけが読み書きを学ぶ資格があるとしていた。江戸では「私塾・寺子屋番付」なるものまで作られ、寺子屋間でもかなり競争があったようだ。親たちはわが子を良い寺子屋に入れようと情報収集に余念がなかった。授業料は現在の価値にして年間数十万円と決して安くはないが、それだけの価値がある場所だったに違いない。

筆者は現在の日本の学校教育が抱える諸問題を解決するための薬が江戸時代にあるのではないかと述べている。来週からは、そんなことにも思いを巡らせながら幕末の志士たちの活躍を楽しむことにしよう。

(曽山 夏菜 熊本大学大学院教授システム学専攻博士後期課程2年)


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