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IDマガジン第38号 (2011/6/17発行)


[038-04] 【報告】ライゲルース教授講演会@京都

5月末、グリーンブック三部作の編著者で知られる米国インディアナ大学のライゲルース教授が初来日された。5/27は関西大学高槻キャンパスにて「The Future of Educational Technology」という題目で、5/29は立命館大学衣笠キャンパス至徳館にて「The Future of Instructional Theory」という題目でご講演された。本稿では、この2回のご講演について報告する。

2つのご講演で共通しているテーマは「パラダイムチェンジ」である。トフラーが第三の波で述べたように、現在は産業化社会から情報化社会に移行している。
教育システムも、新しいパラダイムに対応する必要がある。産業化社会で求められていたのは優秀な人とそうでない人を「選別」のための教育システムであった。その基準は「時間」。短時間でできるかどうか、一定時間でどれだけできるかが基準であった。一方、職業や求められるスキルが多様化した情報化社会においては、個人の「学習」のための教育システムが必要となる。達成度を基準とし、今何ができて、本来できるはずのポテンシャルは何かを見極め、個人にあった適切なインストラクションによって学習を支援する教育システムである。この
新しいパラダイムの教育システムのキーワードは「People learn at different rates(人は異なる速度で学ぶ)」。根底にはキャロルの時間モデルがある、と感じた。

この新しいパラダイムのサブシステムとして、5/27はテクノロジーによる支援についてご紹介いただいた。ライゲルース教授が提案されている教育システムは、Personalized Integrated Educational System(PIES)。4つの主機能「Assessment」「Record keeping」「Planning」「Instruction」をシームレスに融合するというコンセプトである。特に「Assessment」がインパクトファクターとのことであった。Assessmentには学習者のパフォーマンス評価だけでなく、テスト開発やインストラクションの評価なども含まれている。学習者は本当に学んだかどうか、インストラクションは本当に成功したかどうかを確認することを強調している点は、まさに成功的教育観だと感じた。さて、このPIESが既存の学習支援システム、とりわけLMSとどう違うか?という疑問がわく。

大きな違いは、徹底的なパーソナライズ化であろう。キャロルの時間モデルに沿えば、学習者一人一人が学ぶ速度が違う。つまり個人のペースや学習スタイルに合わせて、適切な学習環境を提供することを目指しているのがPIESである。パーソナライズ化のためには、さまざまな機能を統合し、各機能間でシームレスなデータのやり取りが必要になるのである。

5/29は新しいパラダイムのID理論として「プロジェクト型学習」と「インストラクショナル支援(空間)」を中心にしたご講演だった。プロジェクト型学習には様々な定義があるが、教室での一般的な集合教育との違いは、より現実的な文脈の中で、様々なスキルや知識を統合して学習できる点であろう。プロジェクト型学習を設計する際は、適切な課題やプロジェクトを選ぶことは
もちろんだが、特にディブリーフィングを組み込むことが重要だという。メンターやファシリテーターに対して、または学習者同士で進捗報告をすることで、リフレクションの機会となり、学びが深化する。しかし、このように十分設計されたプロジェクト型学習にも課題はある。学習者によってはプロジェクト学習で狙っていたことが、(部分的にはできても)すべて達成できなかったり、スキルや知識をうまく応用できなかったりする。このプロジェクト型学習の課題を補うのがインストラクショナル支援(空間)である。プロジェクト型学習で躓いたとき、学習者は一旦プロジェクトから外れて、インストラクショナル空間へ移る。インストラクショナル空間においては、伝統的なID理論に基づいた支援が有効である。学習者はプロジェクトを進めることができるだけの十分な知識やスキルを修得したら、再度、プロジェクト学習へ戻るのである。

このように、プロジェクト型学習とインストラクショナル支援を相互補完的に組み合わせる教授設計が重要だと強調されていた。

プロジェクト学習のどこで躓くか、またインストラクショナル空間で知識やスキルを修得する時間や方法は、やはり学習者によって異なるだろう。
ここで前述のPIESの出番というわけですね。よく考えられているなぁ。

最後のまとめとして、ライゲルース教授より「教育分野におけるパラダイムチェンジは必ず起こる。チェンジの期間を短くしたい。加速度を増すためには、みなさんに研究を進めてほしい。」というメッセージをいただいた。メリル教授がLearner Control(学習者による)というコンセプトでCDT(Component Display Theory:画面構成理論)に基づくシステムを開発されたのも、1980年代後半なんだよなぁ・・・と思い、同じコンセプトで博士論文を書こうとしている私にとっては身が引き締まるお言葉だった。

ライゲルース教授はとても穏やかで、紳士的な方であった。後日、講演時間内に回答できなかった質問に対するインタビューを収録させていただいたが、お疲れがたまっているであろう中でも、とても丁寧に応じてくださった。その研究者としての実直な姿勢にも感銘を受けた。次にお会いできるときには、何か私も研究成果を(ちょこっとでも)ご紹介できるように頑張ろうと思った。

熊本大学大学院教授システム学専攻博士後期課程3年 高橋暁子


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