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IDマガジン第44号 (2012/12/3発行)


[044-03] 【ブックレビュー】『現代青年期の心理学-適応から自己形成の時代へ』溝上慎一著

今回紹介するのは、溝上慎一先生の
『現代青年期の心理学-適応から自己形成の時代へ』(有斐閣、2011)である。

私は短期大学でキャリア教育に携わっており、「自己効力を高めるキャリア教育の
デザイン」を研究テーマとしている。
キャリア教育の範囲は実に幅広く曖昧であり、目標や学習内容は大学や学部、
担当教員によってさまざまである。そもそも「キャリア」とは学際的な課題であり、
労働経済学、経営学、教育学、心理学(発達、青年、産業…)、生涯学習と関連する
分野は多岐にわたる(日本キャリア教育学会 2008)。さらにキャリア教育の実践という
観点から考えると、学術的理論に加えて現代の大学生像の理解が必要となるだろう。
京都大学高等教育研究開発推進センターと財団法人電通育英会は共同で
「大学生のキャリア意識調査」を2007年から行ない、成果の一部は毎年8月頃に
開催される「大学生研究フォーラム」やWEB上で報告されている。
本書においてその調査結果が考察されているということで関心を持ち、
今回取り上げることにした。

筆者は、青年心理学の立場から現代の青年を理解するために、学校教育を通した青年の
職業選択・人生形成を中心に「青年期」を歴史的に位置づけながら、現代の大学生
について考察している。
第1章では、現代の大学生を念頭に置いて、青年期を「親の身分や社会的地位、
財産にかかわらず、学校教育を通して将来の職業を選択し人生を形成する発達期である」
と定義している。
第2章では、イギリスの工業化社会への移行にともなう教育の近代化と
メリトクラシー社会の成立過程を、第3章ではフランス・ドイツの教育の近代化と
比較して日本の教育の近代化を説明している。
第4章~第6章では、1960年代から1990年代後半までの日本社会の変化にともなう
「青年期」の誕生から大衆化と、大学のユニバーサル化と就職氷河期到来による
進路指導からキャリア教育へのシフトを、社会歴史と教育社会学のアプローチによって
概説している。
第7章は、「大学生のキャリア意識調査」から、1週間の過ごし方を指標にした4つの
大学生タイプとそれぞれの青年期の過ごし方を検討し、
現代の大学生像を明らかにしている。
そして第8章は全体のまとめである。

本書を理解する中心となるのは、個人と環境との適合を
「アウトサイドイン(outside-in)」「インサイドアウト(inside-out)」
という2つの力学で捉える概念である。
アウトサイドインは自己の外側(社会、環境)にポジショニングして自分を環境に
適合させる。それに対しインサイドアウトは、自己の内側(個人)に
ポジショニングしてそこから外側に向かっていく。
キャリア教育で考えると、職業指導は社会・大人が期待する視点からの
「アウトサイドイン」の取り組みであり、「主体的な進路選択」や「キャリア形成」は
学生自身の視点に立ったインサイドアウトの力学に近いと言える。
筆者は、現在の大学ではキャリア教育・キャリア形成支援のみならず正課教育の
授業においても、学生のインサイドアウトの力学に基づく教育や指導がなされるように
なってきていると指摘している。
しかし、「インサイドアウトは終点を青年自身に委ねる危険性を内包する力学」なので、
同時に社会の現実や求められていることを理解させる取り組みで補完する必要がある。
高等教育は大多数の学生にとって社会に出る前の最終段階であるが、実際にキャリア教育
の現場では、自己発見?夢志向の取り組みでは学生は何をしてよいかわからず、あるいは
自分のやりたいこと以外はやりたがらずに結果として就業意欲や就職率につながらない
という指摘を耳にすることがある。
筆者が主張するインサイドアウトとアウトサイドインの概念によって、
自己理解にもとづく将来設計能力の育成と、社会との関係の中で自分を位置づけることの
バランスについて再検討できるのではないだろうか。

第7章では、大学生活を構成するさまざまな活動にどのくらいの時間を費やしているか
という指標をもとに、大学生を4タイプに類型化して考察している。
タイプ1は「インターネット・マンガ」の得点のみが高い、
自宅や一人で過ごすことの多い学生、
タイプ2はすべての生活因子について得点が低く特徴がみられない学生、
タイプ3は「授業外学習・読書」「インターネット・ゲーム・マンガ」
「友人・クラブサークル」のすべてが高得点の活動的な学生、
タイプ4は「友人・クラブサークル」だけが高い対人関係重視の学生である。
総合的にみると、「よく遊び、よく学ぶ」タイプ3が、日々を充実させながらも将来設計を
もっており、「1990年代後半以降の現代青年に化せられている自己形成課題に積極的に
取り組んでいる学生タイプ」である。
私自身がこの結果を「大学生研究フォーラム」で耳にした時には、結局は『リア充』が
キャリア形成も就職も上手くやるんだよね…と納得して終わったのだが、
彼らの性質を参考にして1、2年生で何を行うことが自己形成につながるのかを
明らかにしていくことが必要であるという著者の指摘は、キャリア教育の実践に対する
重要な問題提起である。

 本書には、全体の引用文献に加えて、節ごとに「さらに勉強したい人に」と
関連する書籍が紹介されているので、青年心理学や教育社会学の入門書としても役立つ。
また、高等教育に携わるすべての人にとって、
「最近の学生は…」とため息をつくのではなく、
新たな視点で現代の大学生を捉え直すきっかけとなる1冊であると言えよう。

(教授システム学専攻博士後期課程2年 桑原千幸)


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