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IDマガジン第51号 (2014/2/9発行)


[051-02] 【連載】ヒゲ講師のID活動日誌(47)~恩師の大往生:反転授業の温故知新~

ヒゲ講師の新年は二つの訃報で始まった。一つは大学時代の先輩だった東大名誉教授の突然の死。62歳の若さであり、全くの突然の知らせに茫然とした。最近は年賀状だけのやりとりだけになりご無沙汰していた人だったが、ヒゲ講師との年の差は7つ。同時代に同じ研究室に所属し、「おまえの訳した英語は順序が逆だ」とか、「まだこれも読んでないのか」などと、留学前のヒゲ講師を鍛えてくれた人だった。そう言えば、大学院の演習科目で学内の新しい施設の紹介ビデオを撮影した時には、カメラワークの手ほどきも受けた。窓に反射して映る真っ白で新しい建物をタイトルバックにして音楽が始まると、その窓を開けて施設を見る役者(=同級生が出演)にズームインするなんていう粋な演出も彼のアイディアだった。おかしなもので、そういう記憶が芋づる式に蘇る。もう30年も前の話ですが・・・。

もう一つの訃報は、これも突然でした(訃報が突然なのは普通ですが・・・)。でも誰から知らされたというわけでもなく、ネットサーフィンしていて偶然見つけたというのは初めての経験だった。その人の名は沼野一男。御歳90歳と2カ月の大往生で、昨年3月に4日間の予定で入院した3日目に他界したとのこと。入院までは煙草もお酒もやっていた点でも大往生で、実に先生らしい。遺言は「誰にも知らせるな」だったということで、七夕の頃になってようやく近隣に住んでいる近しい人たちだけで「偲ぶ会」をやった。沼野先生のことを調べていて、検索中にその参加者の一人が書いたブログに遭遇し、「まさか」とは思ったが、先生の遺影と献花がある写真もあり「本当なんだ・・・」と受け入れざるを得なかった。

虫の知らせか、いつものことか、SEA新春フォーラムで「反転授業とインストラクショナル・デザインの役割について」という講演を頼まれて何を話すべきかを考えていたときに浮かんだのが、沼野一男の「オーダーメイドの講義」。反転授業が流行っているが、もう1980年代からやっていた人がいますよ(ビデオじゃなくテキストで、でしたが)。その人に影響を受けて私も『教材設計マニュアル』にしゃべりたいことはすべて書いて事前に情報提供し、予習範囲の小テストから始める「講義」をしてましたよ。そういう例を紹介し、IDの系譜に位置づけて「反転授業」なるものを相対化するのが私の役割でしょう、と思った。

反転授業は、時流を作った功績大なれど、中身は極めて常識的だ。そもそも今の授業方法=一斉授業・講義形式が非常識で、この点はシャンクも「講義は1500年代には意味があったがいまだにやっているとはほとんど狂気の沙汰だ」と言ってますよ。反転してもライブでもビデオでも講義は講義(ライブ感がなくなる代わりに巻き戻しや早送りができるようになりますが)。ひっくり返すことに意味があるのではなく、基礎知識の修得で終わらせないこと、問う力を育てること、ひいては自律的な学習者を育てることを目指してこそ意味がある。寺子屋だって、公文方式だって、この研究会の伝統CRI技法だって学ぶべき先例が多くありますよ。そんなことを発言したが、「ハト豆」だったかな・・・。

沼野先生には留学から帰ってからとてもお世話になった(留学前も著作には学んでいたが、二人称の関係になれたことは家宝です)。ご自宅で毎月第三火曜日に開催されていた「学習科学研究会」にお邪魔して、多くのことを学ばせてもらった。JAET鹿児島祁答院大会では「データもない段階で発表して何になる」とお叱りのコメントをもらったことも今となっては良い思い出である。それだけでなく『教育の方法と技術』(学文社、1989年)に5項目を分担執筆する機会を頂戴したり、『教材設計マニュアル』とその前身の講義テキストには緻密なコメントも頂いた。ヒゲも沼野先生から直伝された「成功的教育観」や「教育のパラドックス」を後世に伝えるべく、著作や公開科目「基盤的教育論」等で紹介した。でも、何よりも、学生や卒業生だけでなく、先生の門戸を叩く実践者や研究者の卵をどのように受け入れ、親身に指導して叱咤激励するか。そのイロハを惜しげもなく教えてくださった人だった。それに少しでも近づくべく、ヒゲはまだまだ修行中であります、先生。

反転授業が流行っている今日だから、沼野の「オーダーメイド」も見直されているかな、と思ってネット検索した結果として発見したのが、とても残念ではあるが「偲ぶ会」のブログだった。それでも、沼野先生の下で修士論文を書いて、そののちヒゲのところで博士論文を書いた共通の弟子とともに慰霊に献花できたし、そして和子さん(奥様)に久しぶりにお会いして懐かしい話ができたことなど、他界されてもなお恩師を身近に感じることができた。この学恩をしっかり後世に伝えていかなければ、との覚悟を新たにしたのでした。

沼野先生のことは、この連続日誌にかつて一度だけ書いたことがある。それを再掲して読者の皆さんを名著に誘いたいと思う。合掌。
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ヒゲ講師が尊敬して止まない沼野一男(いちお、と読む)先生は、毎回同じことを話して退屈しないように「オーダーメイドの講義」を実践されてました。教科書を読んで質問を書いてくること。これが講義出席への条件で、下手な質問は「怠け者の質問」と評されて欠席扱い。沼野先生は、毎回の講義でどんな質問が登場するかを楽しみに講義に出かけたのでした。講義は質問への回答の時間。結構緊張するでしょうね。退屈などしている暇もない。「即答できないので次回までに回答を用意してくる」と切り抜けざるを得ない場面もあったとか。この試みを通して沼野先生が一番嬉しかったのは、学生は鍛えれば鋭い質問ができるようになるということと、学生が学びたがっているのを実感できたこと。詳細は、名著「情報化社会と教師の仕事」(国土社、1986年)をどうぞ。
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出典:ヒゲ講師のID活動日誌(12) ~あぁ困ったどうしよう:ねたを仕入れるのが大変ですの巻~ IDマガジン第13号
http://www2.gsis.kumamoto-u.ac.jp/~idportal/?p=134

(ヒゲ講師記す)

参考リンク
鈴木克明(2007)GSIS公開科目「基盤的教育論」【第13回】教育学の2大潮流(3)教育のパラドックス~はじめに~
http://www.gsis.kumamoto-u.ac.jp/opencourses/pf/4Block/13/13-hajimeni.html
鈴木克明(1995)成功的教育観を堅持するために(第11章)『放送利用からの授業デザイナー入門~若い先生へのメッセージ~』財団法人日本放送教育協会
http://www.gsis.kumamoto-u.ac.jp/ksuzuki/resume/books/1995rtv/rtv11.html
鈴木克明(1989)沼野一男・平沢茂編著(1989)『教育の方法・技術』学文社、分担執筆(5項目)。
http://www.gsis.kumamoto-u.ac.jp/ksuzuki/resume/books/1989.html


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