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IDマガジン第54号 (2014/10/5発行)


[054-02]【連載】ヒゲ講師のID活動日誌(50) ~教育工学の温故知新:第30回記念大会で考えたこと~

ヒゲ講師は、柄にもなくTEDトーク流に語るステージJSETトークの壇上にいた(渡辺さん、恰好いいスライドデザインありがとう!)。日本教育工学会(JSET)の30周年記念の一環として始動したSIG委員会を代表して、SIGに期待することを述べて10年後の未来を予測した。次に続く6つの第一世代SIGの代表者たちが「ぜひ私たちのSIGの誕生に立ち会ってください」という勧誘メッセージを送るトークの前座を務めるためである。

日経BP社の「教育とICTオンライン」にもニュースとして取り上げられ、反響はあった(http://pc.nikkeibp.co.jp/article/news/20140919/1143003/)。最終日のSIGセッションには例年の課題研究参加者よりも多くの参加者が残り(主催者の希望的概算では約3倍)、6つのSIG立ち上げに立ち会ってくれていたのが何よりも嬉しかった。これからのJSETはSIGの中核メンバーを中心にした若手で大いに盛り上がってくれるだろう。そんな未来が感じられたからである。

未来を予測するために欠かせないのが温故知新。教育工学について先達たちが残した言葉をいくつかJSETトークで引用した。

教育工学とは、教育者がより適切な教育行為を選ぶことができるようにする工学である。

これはJSET初代会長となった東大教育学部の東洋(あずまひろし)先生が、のちに現在の『日本教育工学会論文誌』と名称を変更することになる『日本教育工学雑誌』創刊号の巻頭論文「教育工学について」で提起した定義である。『雑誌』の創刊は1976年、JSET誕生よりも8年前のことであった。古きを訪ねて新しきを知るときの原点がまさにここにある。教育工学の定義にその一部を構成する「工学」を使ってしまってはダメよね、と思う一方で、その含蓄は深い。

翻って今日の学会発表を聞いていると、この研究の成果によって、「教育者がより適切な教育行為を選ぶこと」ができるような有益な情報が示唆されているのか疑問に思うものが少なくないことに気づく。いや、「基礎研究」という言い訳の陰に隠れて、あるいは心理学を代表とする結論指向のサイエンスの流儀が抜けきれず、「それで教師はどうすればいいのでしょう?」という問いに答えるための研究であるということもまるで眼中にない、と思われるものが多いと言わざるを得ない。

「あなたの研究は教育工学と言えるものなのでしょうか?」

通常は、そう直接的に発表者を問い詰めるわけにもいかないが、GSIS修了生の発表にはこういう言い方でコメントした。

「あなたの来年の発表を楽しみにしています。ここで終わったら教育工学じゃないから、今回発見した相関関係を実践の場でどう活かすかを考えて、どんな人がドロップアウト率が高いかを報告するだけではなく、できるだけドロップアウトを減らす工夫を試みて、その成果をぜひ来年持ってきてください。」

評価は白黒をはっきりさせるために行うものではない。黒(あぶない状態)を白(なんとかできた状態)に変えるために行うものである。サイエンスと工学の違い(結論指向vs決定指向)がここにある。そのことを意識した研究をして、実践に役立つ発表をしてくださいね、皆様。あのコメントにめげずに、来年もチャンと発表してね、修了生殿。GSISのモットーは「誰かが幸せになる研究をする」ことなのだから、研究発表が1件増えて幸せでした、と言ってはダメですよ。

「このグループの学習者の傾向は7つに分類することができそうです」という第三者的・傍観的研究はあまり工学的だは言えない。「こうやったらこうなった」という発表は、まだ実践を工夫した報告だという点では工学的である。でも、「こうやったらこうなった」結果に満足していないのであれば、「次にやるときはここをこう直すとよいのではないか」という次の一手に言及して欲しいし、「皆さんが同じようなことをやるときには、こことここに注意すれば私と同じ間違いを回避することができると思います」というデザイン原則案もついでに提起して欲しい。そうすることで「教育者がより適切な教育行為を選ぶこと」に、より直接的につながると思うからである。

教育工学とは、学習を支援する道具(Artifacts)の開発と、その道具の使用技術の開発をする学問である。

これは、このたびJSET30周年を記念して名誉会員に推挙された佐伯胖(ゆたか)先生が1990年のJSETシンポジウムで発言した言葉である。アーティファクトとは何でも含まれてしまう広い概念なので、何か新しい教育のやり方やしくみを創造し、それをどう使えばよいかの提案をまとめることだと読み替えることができよう。現状を分析するのは大切だけど、そこに留まっていてはいけない。現状を少しでも良くするための「何か新しいもの」を工夫すること、そしてその工夫が万人に使えるように技術化することを目指さなければ工学とは言えない。そういう警鐘として、受け止め直すべき言葉だと思う。誰が書いたか知らないし、すぐに変わるかもしれないが、ウィキペディアでは、「教育工学」は次のように定義されていて、佐伯先生の影響が色濃い。

教育工学(きょういくこうがく、英語: educational technology)は、教育現場の改善に資する、教育効果の高いアーティファクトを設計・開発・評価する学問である。

教育工学は時代とともに移り変わるし、定義も周期的に見直されている。これはガラパゴス化が進む我が国ニッポン独自のことではなく、世界共通のことである。それだけ世の中が変化しているから、最先端の技術も変わるし、教育工学研究への要請も刻々変化している。当時のJSET会長であった赤堀侃司先生は、2007年に教育工学の特性を次の7つにまとめた(https://www.jset.gr.jp/profile/aisatu_bn070205.html)。

(1) 時代と共に、テーマが移っていく
(2) 教育政策と連動して、移っている
(3) 研究方法も、時代と共に移っていく
(4) 授業に関わるテーマを追求する
(5) 教育実践を、重視する
(6) 道具を、持ち込む
(7) 教育に、役立つ

松尾芭蕉の不易と流行にあてはめると、最初の3つは流行、後半の4つは不易を述べているのだと思う。ときには昔を振り返りながら、刻々と変化する現代の課題を俊敏に捉えて、教育工学の研究が進み、その影響で実践がよりよくなることを期待したい。そういう未来をもたらすSIGの始まりであることを祈念し、GSIS関係者の研究や実践がそういう恵みをもたらすように、今後もバンバン指導し続けなければならないとの思いを新たにした。とても刺激に満ちたJSET30周年の節目であった。

GSISも来年は10周年の節目を迎えることになる。第二段ロケット噴射の好機であろう。その兆しがすでに急速に見えつつあるのが嬉しい今日この頃である。

(連載50回の節目に、ヒゲ講師記す)

追記:JSETトークの模様は近日JSETのWebサイトで公開予定です。乞うご期待。


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