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IDマガジン第8号 (2004/12/21発行)


[008-03]アメリカでIDを学ぶ

8時半起床。キャンパス内のアパートに住んでいるので朝はいつもゆっくり目だが、週3回は朝からソフトウェア会社でインターンの仕事が入っている。コーヒーとドーナツを胃に流し込みつつ車を走らせ、キャンパスから10分ほどのところにあるオフィスへ。仕事内容は、同社主力製品である統計パッケージの日本語版開発のサポート業務。雑務も多いが、大学のアシスタントとして雇われているので、授業料免除とちょっとした月給がでる。自費留学だと年間300万円以上かかってしまうが、大学でアシスタント(リサーチアシスタントやティーチングアシスタントなど仕事内容はさまざま)の口を確保できれば、元手が乏しくても気合で何とかやっていくことはできる。

昼、大学院生の有志でやっているセミナーに参加。月一ペースで学内外からゲストを呼んで小一時間のセッションをやっていて、私も企画運営委員として参加している。今回のゲストスピーカーは、Educational Technology Magazineの名物編集者ラリー・リプジッツ氏。彼は、スキナーの行動主義の時代から教育工学分野の発展を支えてきた同雑誌の編集者として、30年以上にわたって教育工学の研究動向を見てきている。「教育工学者は幅の狭い教育メディア研究ばかりやってもらっては困る。インターフェースをちょっと変えた時の学習効果の差の研究なんてのも大事ではあるが、みんながそればかりやっていてよいことはない。学習科学、ID、構成主義など、いろんな立場からいろんなことが言われているが、教育システム全体をカバーできる概念は教育工学(Educational Technology)だ。最近は学習科学が流行っているが、その概念では教育すべてはカバーしない。」といった趣旨のトークが行なわれ、院生や教員達と議論。参加者たちは受身なご意見拝聴という姿勢でなく、率直に疑問をぶつけ、教員も院生も皆がオープンに議論に参加する。セ
ッションの後、リプジッツ氏と雑談する機会があったので、日本人の研究者と仕事することはあるかと聞いてみた。すると、「たまーに論文を見かけたりすることはあるが、ここ20年ほどでほんの数件だ。韓国や台湾のようなアジア各国からの留学生は増えてるのに、日本からは不思議なくらい来ないね。日本人は日本の教育システムに満足しているのか、それとも本気でよくする気がないんじゃない?」と鋭いコメントを返された。

セミナーの後は、研究プロジェクト科目のミーティング。教員のもとで数人の院生がプロジェクト形式で研究を進める。各教員、それぞれテーマもスタイルも違う。NASAから科学教育の補助金をもらって中学生向けの理科教育のコンテンツを作っているプロジェクトもあるし、20年以上も同じコンテンツを使って、メディアや教授方法の違いによる学習効果の差を研究しているプロジェクトもある。子どもの肥満予防のためのオンライン教材を構造主義的アプローチで開発するプロジェクトもある。私が参加しているプロジェクトは、オンライン学習コミュニティモデルの構築がテーマだ。毎学期、新しいプロジェクトを始める教員がいるので、参加するプロジェクトを変えることもできるし、継続的に一人の教員について研究を進めることもできる。私は指導教員が来期のプロジェクト科目をオファーしないので、他の教員のプロジェクトを探しているところである。来学期から医学教育用のシミュレーションゲーム開発プロジェクトが始まると聞きつけたので、そっちに参加してみようと思っている。

授業が終り、帰り際にプログラムの同僚と雑談。ブルームの目標分類をクラスウォールがアップデートしたものが出ているのを教授から聞いたが、その本持ってるか?、とか、この間TAに勧められたクラークのE-learningの本(E-Learning and the Schience of Instruction)は参考文献としてなかなか使えるぞ、といった話が飛び交う。先週参加した学会で、教育用ゲーム関連の論文や事例を見つけてきたと話すと、後でメールで送ってくれとリクエストされた。みんな学期中は読書課題やレポートを山のように抱えているので、なかなかゆっくり話す時間は取れないのだが、ちょっとした会話で、探している情報や研究のアイデアが得られたりすることが結構ある。

— こんな感じで私の一日は過ぎていく。ちょっと補足をすると、私が在籍するペンシルバニア州立大学(通称ペンステート)インストラクショナルシステムズ(INSYS)プログラム博士課程は、Learning & Performance Systems学部に設置されていて、この学部には他に、成人教育学(Adult Education)プログラムと、職業教育学(Workforce Education & Development)プログラムが設置されている。IDを学べる大学院はアメリカに何十とあるが、それぞれに特徴や強みがある。K-12の学校教育カリキュラム学系の学部に設置されているものが結構多く、それらのプログラムは、当然ながら学校教育向けの内容が多い。学部の構成からわかるように、ペンステートのINSYSは高等教育、社会人教育寄りである。また、テクノロジー寄りのところと、理論やモデル研究寄りのところ、という違いもある。テクノロジー寄りのプログラムだと開発系の科目が多くなる。ペンステートは理論やモデル研究が中心で、開発系の科目はあまり強くない。

日本でもネットを駆使すればたいていの情報は手に入るし、オンラインでID系の学位を取れるプログラムも無くはない。日本にいてもかなりのことが学べるのだが、それでもはるばる留学してくる価値は計り知れないものだといろんな場面で気づかされる。ペンステートに来てすぐの頃、驚かされたのは大学でインストラクショナルデザイナーが大勢雇われていて、教員の支援や教材開発で活躍していることだった。Schreyer Instituteという教員支援センターがあり、そこではプログラムの卒業生や現役生が全学の教育の質を向上させるための仕事をしている。また、地球資源学カレッジは自前の教育開発センターを持っていて、4人のシニアインストラクショナルデザイナーがそこで働いている。院生たちも、インターンやアシスタントとしてそこで経験を積んでスキルを磨いている。そこでは、自分が学んでいることを実際に現場で実践しているプロが身近にいて、彼(女)らから指導を受ける機会が豊富にある。

このペンステートのINSYSプログラムには専任教員が8名いて、教育工学研究の若手から重鎮、研究関心も多様な精鋭がそろっている。単純な話、10年前、現在、10年後、20年後の鈴木教授のようなすごい研究者が8人いて、研究や教育にフル稼働しているような状況をイメージしていただければ、当たらずとも遠からずである。そこで生み出され、交換され、集積される知の量と質は相当なものだということはご想像いただけるかと思う。そんなプログラムが全米に何十とあって、研究成果を出し、何十人もの専門家を世に送り出している。そしてそこに来て学ぶ院生のかなりの割合は留学生(ペンステートINSYSプログラム6割が留学生)、うち韓国、台湾、中国などアジア諸国から毎年それぞれ数十人単位で入ってくる中で、日本人はどこもゼロか私のような稀な存在がポツリポツリといるだけである。

私の研究者としてのゴールの一つは、将来このペンステートのような強力なプログラムを日本の教育機関でも提供できるようにすること。そしてそれを複数に拡げて、インストラクショナルデザイナーを年数十人単位で世に送り出せる基盤を整備することである。もしそうなればわざわざ留学しなくてもいい環境が提供されているかもしれない。しかしそれはまだ先の話であって、IDを学ぶのにベストの環境を得るためには、今しばらくはアメリカ高等教育の胸を借りないといけない。留学というのはいろいろと障壁があって実現するまでの苦労も多い。留学してからも苦労は多いし、いろんなことが起こる。しかし苦労するだけの価値は大いにある。しかもIDの専門家は現在日本では稀少な存在なので、実力さえちゃんと身につければ、日本に帰ってからの活躍の場も多い(たぶん)。IDを学ぶ皆さんへ、ID留学、心を込めてお勧めである。


藤本 徹 (ペンシルバニア州立大学インストラクショナルシステムズプログラム博士課程)


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