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[068-02]【連載】ヒゲ講師のID活動日誌(64)~ひとごとプロジェクトから自分ごとへ~

『知のデザインー自分ごととして考えよう』という本を読んだ。情報科学の研究者と建築学、建築デザイン教育の研究者が共同で書いた本である。その中に、「ひとごとプロジェクト」という気になる現象があることが述べられていた。プロジェクトを進める人が当事者意識をもたないもの。自分ごとを捨象したかのような、あるいははじめから意識していないような研究を指すことばだという。

たとえば、自分が欲しい鞄をデザインするという課題。この課題では、自分自身がデザイナー(ものごとを提供するひと)とクライアント(提供されたものごとを享受する人)の両方を演じる。

>もし、あるひとが、「自分自身が欲しい鞄を知人たちにアンケートして決める」と宣言したとすると、「自分が欲しい鞄をどうして他人に決めてもらうのだろう」という疑問が生じる。もちろん、「自分の欲しい鞄はみんなが欲しい鞄である、という主張があるのならば、このひとの宣言は成立する。
しかし、自分が欲しい鞄は自分以外の人が回答する「ほしい鞄」アンケートによって決まるものなのだろうか。お昼ご飯に何を食べたいかを、他人の意見によって決めるなんてことはあまりない。さすがに、自分がトイレに行きたいか否かという自分のからだの生理にかかわるものごとなら、他人の意見によって決めたりはしない。好き嫌いのような心理にかかわるものごとでも同じことだと思うが、自分がどう思っているかよりも人がどう思っているかを気にしすぎるケースである。そうではなく、自分の直感や感覚を大切にしてほしいのです。(p.46:である調に改変)

うちの大学院でも、まずアンケート調査を行う、という学生は多い。せっかく実践現場から問題を取り上げているんだから、「現場に身を置く者として、まず何が問題だと思ったの?」と問い直す指導をしている。自分ごとにするための指導なのだ、と意味づけできた。デザイナーとクライアントの両方を演じるという教育方法は、まずは自分が得意な題材で教材を作ってみることから始める「インストラクショナルデザインI」のテーマ選びにも通じるアプローチだ。そこから始めないと、自分があまりよく知らない領域に口を出せるようになることはできないと思うからだ。

>クライアントが発言したコンセプトだけを忠実に再現しようとしても、よい家はデザインできない。建築家は基本的に他者の家をデザインする。他者(クライアント)の住まい方をデザインするわけだが、建築家も家に住む一人であるという意味で、同種の体験を持っている。同種の体験をしているからこそ、クライアントがどんな住まい方をしたいかへの関心や傾倒を持つことができる。クライアントから聞き出した住まい方の要望を、自分ごととして了解することによって、実はクライアントも自覚していない潜在的な住まい方を提案できる。また、クライアントの要望の潜在的な矛盾をみつけることもできる。(p.166)

いわゆる「an expected unexpected outcome」を生み出すデザインの創造性(鈴木・根本 2016)のことですね。「こういうものが欲しかったんだ」と言わせることができたらデザイナーとしては本望だということ。他人の家だけど自分ごとにしないとそれは達成できない。世の中には「こんな教材、いったい誰が作ったんだ」と言いたくなるようなものが氾濫していますが、自分が使いたくないものを作ることをやめないとデザイナーにはなれませんね。使う側の身になって作ってください、という単純なことなのですが・・・。

>生きるために創意工夫することがデザインの原点:プロと生活者との違いは対象領域を限定した領域依存の専門的な知があるかどうか。それを除けば、プロも生活者も、どちらもデザイン・マインドをもっている。
生きるための工夫をするとき、例えば、夕餉の献立を考えるとき、講義の計画を立てるとき、デザイン・マインドが発動している。献立を作るとき、食材の有無を確認したり、栄養バランス、味のバランス、コスト、調理に要する時間などを見積もったり、料理や食卓の彩り、食べる人の反応を想像したりしつつ、好ましいと思う料理を選択する。講義を計画するとき、内容、内容のあいだの関係、内容の難易度などを考慮したり、聴衆の反応や参加の仕方を想像したりしつつ、教示すべきものごとを選択し、それらの順序と時間配分を定め、話し方や教材を決める。しかし、デザイン・マインドの発動は必ずしも意識的ではないかもしれない。(p.197)
本書の観点からすれば、これらもれっきとしたデザイン。皆、自分の生活のなかで、生きることを工夫するための知をデザインしている。しかし、デザインという概念を、意匠を考えるということに限定し、献立の作成や講義計画の策定はデザインすることではないと、本書の説くところとは逆の自覚をしてしまうこともありえる。(p.198)

この本は、デザイナーであり大学の教員でもある著者らが書いたものだから、自分の講義もデザインの対象であると述べても何ら不思議はない。でも仲間に入れてもらえたようで、妙にうれしい。

やっぱりIDerも、自分はデザイナーだと自覚することから始めて、自分ごとのプロジェクトに取り組み、みんなに喜んでもらえる作品を生み出す人なんです。そして「対象領域を限定した領域依存の専門的な知があるかどうか」でプロか素人かが決まる、という点も踏まえて、プロであり続けたい(プロに近づきたい)ものですね。授業は誰でも行っているが、IDの素養を持つ人がデザインした授業は、「こういう授業が受けたかったんです」と言ってもらえるようになるはずであろう。いや、そうならないとすれば、まだアマチュアであって、プロとは呼べないということなのかな。

(ひげ講師記す)

出典:諏訪正樹・藤井春行(2015)『知のデザインー自分ごととして考えよう』近代科学社
参考文献:鈴木克明,根本淳子(2016.8)教育工学をデザイン研究の系譜で再定義するための萌芽的研究の着想と目標.教育システム情報学会 第41回全国大会(帝京大学)発表論文集,343-344
http://idportal.gsis.kumamoto-u.ac.jp/wp-content/uploads/sites/3/2016/09/suzuki2016.pdf


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