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[046-02] 【連載】ヒゲ講師のID活動日誌(42) ~教える内容を知らない教育専門職:教育設計者とインストラクタの違い~

ヒゲ講師は、年度末のある研究会で耳にした次の発言がずっと気になっていた。

「FDで他の教員の授業検討会に出席しても、結局は教えている内容が違う者が意見を言っても意味がない。」

FDとはFaculty Developmentの略。最近、教育の質が大学でも問題になってきたことを受けて登場したのがFD担当教員という役割。Faculty Developerともいうこの役割を担う人は、企業で言えば教育担当ということになろう。人材開発部門の専任という位置づけもあるだろうし、営業部内の教育を総括する担当者のような場合もある(大学の場合、前者はセンター所属の専任、後者は各学部から選出されるFD委員会の委員等となる)。

いずれの場合も、自分が専門として教えてこなかった科目の授業について、授業を公開してみんなで見せ合ったり、参観した授業をもとに検討会をやったり、授業の質向上を目指して研修会をやったり、あるいはその結果をまとめて情報共有したり広報したりする。ヒゲ講師が出入りする教育工学系の学会でも、近年、大学の授業を対象にした研究報告が増えており、FD担当教員からの実践報告を聞くことも多くなった。冒頭の発言は、FD担当教員からの研究会報告を受けてのフロアからのコメントの一部。自分が教えたこともない科目の授業を見ても、どういう観点でコメントをつければよいのか、何を言えば授業者の参考になるようなアドバイスができるのか苦悩している姿が投影されているようだった。

企業でたとえばOJTをするのであれば、自分が長年やってきたこと、得意なことを後輩に伝授するのだから、「自分が教えたこともない科目」にアドバイスするという行為に匹敵することはおそらくないだろう。自分の授業を公開する場合にも、それが大学であったとしても小中高であったとしても、自分はこういうやり方でやっているがどうだろうか?
という問いは経験に基づいている。またそれに対して、「私ならばこう教える」という自らの体験をもとにアイディアを出すのであれば、意見の違いはあったとしても「なるほど」と思える意見も期待できるかもしれない。しかし、自分が一度も教えたことがない科目に意見を求められた場合はどうだろうか?
自分がやったこともない仕事を誰かに教える教育担当者になったらどうするだろうか?

この教えたことがない内容についてアドバイスできる教育の専門職を「教育設計者」という。英語ではInstructional Designer。ちなみに、これを日本語表記でIDerと書き、アイディ―ア―とか読む人もいるが、ヒゲ講師はそれをあまり好まない(余談だが、2003年には「ID者」と書くことを提唱したが広く受け入れられることはなかったので最近は止めている。インストラクショナルデザイナーと書くと長ったらしくて困るんですがね・・・)。自分が教えたこともないことを教えている人に対して、もっとこうやったらどうですか、とか平気で助言し、そもそも何を教えようとしているんですか、とか平気で聞くことができる。何故かって、そういう専門職なんだから仕方ないんです。

自分が教えたことがないことに対してなぜ助言ができるのか、と不審に思われる向きもあろうかと思うのですが、それができてしまうんですねぇ。あんたにそんなことは言われたくない、となるべく思われないように、助言(というか余計なお世話)を受ける人の専門性をリスペクトしているという姿勢を十分に伝えつつ、それでも「なるほど」と思わせるようなインパクトのある発言をしなくてはならない。だって、アドバイスを聞き入れてもらって少しでも授業を良くして欲しいと本気で思っているし、そういう専門職がある、ということを知っている人は少ないので、それを伝えるのが重要な役目だと自覚しているから。

まぁそもそもですよ、自分が知っていればちゃんと教えられる、という「常識」の方が、私らに言わせればおかしいのです。「名選手名監督に非ず」というでしょう(長嶋さんのことではありませんよ!)。そもそも大学教員は教職課程を受講してきたわけでもない「無免許運転者」でしょう(というとまた怒られますが、事実です)。教育内容と教育方法は互いに独立した事象ではありませんが、それでも教育方法の専門性を磨くことはできます。教育方法の専門性をあるところまで磨くと、自分が教えたことがない科目の教え方にも口を挟むことができるようになるのです。そうなってこそ、教育方法の専門家、つまり教育設計者と呼べるのです。

冒頭のフロアからの発言は、教育設計者の専門性を否定するものでした。当然、「いやそんなことはありませんよ」と即刻、言い返すべきところではありました。しかし、「やっぱりそう思っている人が多いんだよねぇ」と思っているうちにそのチャンスは去ってしまいました。それ以来、気になっているのです。おそらくその発言自体が、ではなく、「やっぱりそうか」と思っているうちに存在感を主張すべき好機を逃してしまったことが。

教育内容に依存しない教育方法の専門性。実は、これこそが長い間、我々を悩ませてきた大きな挑戦課題なのであります。「映画がすべての教育を変えてしまう」と宣言したエジソンから始まって、「教科を超えた放送番組の利用方法」を考えた時も、OHPの効果的な利用方法を研究したときも、そしてコンピュータ教育、インターネット時代の教育、と連綿と続いてきた教育工学は、自分が教える内容を持たなくても成立する(はずの)研究領域です。もっとも、内容を知っている専門家(SME)と共同研究しないと何もできないというのも面倒なので、自分の専門分野(例えば情報教育とか語学とか)を持って、その領域で実践・研究している人も多いのが現実ではあります。逆も真でして、すでにある領域(教育内容)を修めた人が教育工学を第二の専門領域(教育方法)して付け加えると強いんですね。ダブルディグリーの勧め、につながります。

数年前に、インストラクショナルデザイナーとインストラクターはそこが違う、と意識したときにすごくすっきりしたのを今、思い出しました。そこ、とは、教育内容に精通していなくても成立する・しない、という差異です。実施はできなくても、幅広い分野の設計の手助けをするのが自分の専門性だと自覚して、これからも、いろんな領域の教育実践に口を挟んでいきたいという思いを新たにした新年度の幕開けになりました。

(ヒゲ講師記す)


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